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鳩の家 6   (by もちぽさん)




澄み切った水にさらすほど色のさえる染物みたいに
風が洗っているような青空

染め抜きは雲。上等のお天気。
ある秋の初めの日でした。


おつきさま村の教会の裏手には
ももいろの原っぱがあります。
夏の終わりから咲き始めたコスモスです。

その原っぱの中の一本道を
乳母車をおしてすまっちかぁさんがやってきました。

やさしいクリーム色のレースの幌は下げてあり
籐のかごのふちから白いクッション。
その上に白いふわふわしたものと、三角の耳がちらりと見えています。




スマーフさんです。

スマーフさんはすっかりおばあちゃんになってしまって
自分で歩くことができません。
でも、いつもこうしてすまっちかぁさんが
乳母車でお散歩してくれるので、幸せでした。

(風がからりとして甘いわ。
この間飲ませもらった山の水みたい。
つい最近まで湿っぽい、おいしいピーマンみたいな味だったのに)


コスモスを渡る風が、スマーフさんの鼻先で寄り道をしていきます。


(ああ、この薄いももいろ、私この色が一等好き。
この色の花束を寝室に飾ってもらおう)





特に背の高いコスモスのところでは
スマーフさんの顔は花の下に来ます。

花びらがときどき耳をくすぐりました。


(ああそれにしても、空が青いわ。
小さな雲がぷかぁり、ぷかぁりと…あら?)




真っ青な空を見上げて、というか
寝ているのでがんばらない限り空しか見えないのですが
楽しんでいたすまーふさんの視界に大きな白い影が映りました。

「かぁさん、あれ何かしら?」

前を向いて乳母車を押していたすまっちかぁさんが
言われて空を仰ぎました。

「なにかしら、鳥?にしては、なんだかどたどたした飛び方ね」

「妙に厚ぼったいわよね」

「でも確かに翼を広げているようだけど」

「頭が大きくないかしら?私たちと同じ方向に行くようだわ」


大きな鳥のような白いそれは、なんだか重たそうに
でも意外な速さで二人の目指す方向に飛び去りました。

さて、二人はどこへ向かっているかというと
カフェ「鳩の家」なのです。

すまっちかぁさんが、今日はお外でランチの気分だから。
二人がへんてこりんな空飛ぶものを見たところから10分ほどかけて
コスモスの原っぱを抜け、畑をひとつ通り過ぎると「鳩の家」につきます。


「いらっしゃいませ。サンルームのお席へどうぞ」



ドアの脇にある窓からすまっちかぁさんがやってくるのをみつけたりき
ドアを開け、乳母車ごと二人を中に招き入れて言いました。

ありがとう、と言ってりきに軽く会釈したすまっちかぁさんが
サンルームのほうを見てうれしそうな声を上げました。

「あらあらあら!お久しぶりねえ、元気にしてる?!
スマーフ、ほら、メイちゃんよ!」


「え?まあ、ほん…とぅねえ」



サンルームの先客は、メイちゃんとアキラママでした。

サンルームのほうを見るのには
がんばって首を曲げなければいけないスマーフさん
のどが詰まって変な声。

あわててすまっちかぁさん、首の下にクッションをいれ、メイちゃんとアキラママはいすから立ち上がってくれました。


メイちゃんは、犬太兄ちゃんやちぃたんと同じ「虹の橋」の住人です。
去年の今頃よりちょっと前に旅立ちました。

スマーフさんそっくりの、真っ白ふわふわ、笑顔が素敵な美犬さんです。
ただし
スマーフさんより、かなりどっしり…ふくよ…ぽっちゃ…まあまあまあ。


スマーフさんとは、”顔がそっくり”が縁になって
大親友になった仲なのです。



「こんにちは!さっき二人をお見かけしましたよ!」
と、メイちゃん。

「あら、気づかなかった。どこで?」

スマーフさんの質問に、メイちゃんはえへへ、と笑っただけでした。


すまっちかぁさんは二人と同じ丸いテーブルのメイちゃんの向かい側に座り
自分とメイちゃんの間の窓と反対側に乳母車を停めました。
これでスマーフさんは簡単に、すまっちかぁさんとメイちゃんと、
お庭とその先の海が見られると言うわけです。

アキラママはメイちゃんに体を寄せるように席をずらし
スマーフさんがお庭をよく見られるようにしてくれました。

メイちゃんとママは少し前に注文したランチが到着したところらしく
お盆を前にしていて、それぞれ小鉢がひとつ空っぽになっていました。

すまっちかぁさんは
白身魚丼と人参のくるみ和え、蓮根とあずきの煮物、のりとしょうがのスープのランチセットに
デザートは黒糖白玉入温かい杏仁汁粉を注文しました。

スマーフさんにはサツマイモとかぼちゃときびのミルク粥。

そして、最初に運ばれてくるほうじ茶を一口飲んで
ひとつため息をつくと、目を輝かせてメイちゃんに話しかけました。

「メイちゃんも神様に“こちら”に来る乗り物をもらったのね?」


「虹の橋」に行った動物たちは、不思議な乗り物で
あっちとこっちを行ったり来たりすることがあるのです。
犬太兄ちゃんのバイクや、ちぃたんのほうきのようにね。

「いいえ、乗り物はもらってないわ。飛びまわれるようになったけれどね」


スマーフ母娘に合わせるために
自分の、今年最後のフレッシュローズマリーチキンのパスタを
ことさらゆっくりフォークに絡めながら答えたメイちゃんに
アキラママが噴出しそうな顔で

「ふらふらじゃないの」
と言いました。


「しょうがないじゃない、まだなれてないんだから」

メイちゃんが顔をまん丸に膨らませて言いました。


「なにがなれてないの?」

スマーフさんがたずねます。

「あのね私、あっちに行って、神様に乗り物より先におでぶを治して、って頼んだの」

あまりに正直な言い方に
アキラママの箸から里芋ご飯一口分が
間引き菜サラダ・バター風味のじゃこひじきオムレツのっけ、の上にダイビングしました。

「で、どうなったの?」

遠慮なく噴出してしまったスマーフさん、先が気になります。

「スリムなメイちゃんじゃ、ママに会ったときにわからないかもしれないけど
 それでもいいの? って聞かれて、困っちゃったのね」



スマーフ母娘の注文も運ばれてきたので
少し食べるスピードを戻してもいいと思ったのか
松の実とカリカリのごぼうフライのせ海草サラダをもりもり食べながら
メイちゃんは続けます。

「実は神様、まずママに会いたくて乗り物をほしいって言うもんだと思ってたらしくて
えーと、普通みんなそうなのね。
のんびりお昼寝ばっかりしてた私のために
空飛ぶタオルケットを用意してくれていたの。
でもねえ、こんなにおでぶじゃ
タオルケットがかわいそうかしらと思って」



いったん話を区切って
鼻の頭についた松の実を、長い舌で取ってから

「もちろんママには会いたかったから
神様と二人でしばらく悩んでね。
見た目を変えずにお空を飛ぶには、ってことをね。
で、ひらめいちゃったの!」


にかっ、とメイちゃんは笑って、突然立ち上がりました。

「こんな風になりました!」


すまっちかぁさんとスマーフさんは、目がまん丸、口あんぐり。

なんと、メイちゃんの背中から脇っ腹にどっしりついたお肉、と思っていたところが
ぱかー、っと上に持ち上がって広がったのです。
すっきりスリムなメイちゃんが、真っ白な翼を広げているのです。

「邪魔なお肉がこんなにきれいな翼になったの。
このウェストライン、スマーフさんにも負けないおんなっぷりでしょ?
しかも翼をたためば、ママおなじみのまん丸メイ、ってわけ」


「まだ飛ぶのは練習中でね、見ていて危なっかしいたらありゃしない!」


横から意地悪な野次を飛ばしたアキラママの、うれしそうな顔と言ったら!

「だからね、雲たちに手伝ってもらって、練習しているのよ。
コスモス原っぱの中の二人を見かけたんだけど、手を振る余裕なんかないったら、もう!」



でへへ、と笑ってメイちゃんはおでこをぽりぽりかきました。

さっきスマーフさんが見た、大きな鳥のようなものは、メイちゃんだったのです。


「そうそう、そのどたどた飛んでたでっかいやつ、私だったのよ」

メイちゃんとアキラママが、けたけたと笑いました。
そういえばメイちゃんを見かけるちょっと前に、たくさんの千切れ雲を見た気がしたスマーフさんでした。

「大きな雲は雨を降らしたり、収穫の時期を知らせたり、
やることがたくさんあるから、まだまだ子供のチビ雲たちが付き合ってくれてるの」


「でも、自由にお空を飛ぶなんて、気持ちがいいでしょうね。私も飛んでみたいな」



うっとりとスマーフさんが言いました。

「うーん、私はこんなどたどただし、お友達の雲はなんせチビだからね」

しばらく考えていたメイちゃんは

「あ、もしかして…ねえ、また一週間後くらいにあえるかしら。とあるイベント? みたいなものに便乗してとべるかも。
日にちが決まったらちゃんと連絡するけど。ママも大丈夫よね?」


「もちろん!!」

スマーフさんより先にアキラママが叫びました。

メイちゃんに会えるなら当然でしょう。

「来月の頭にお友達が遊びに来るほかは、何の予定もないから大丈夫よ」

すまっちかぁさんが手帳を開いて答えました。


ちょうどりきがデザートを運んできました。
メイちゃんはざくろソーダに洋ナシアイスを浮かべた、秋のクリームソーダ。
アキラママは干した桃を、ジャスミンティーで煮たもののタルト。
スマーフさんはハーブゼリーとミルクプリンの段々重ね。
デザートを突っつきながら延々とおしゃべりは続きます。
ランチを食べに来たのに、途中チョコレートの盛り合わせとコーヒーを追加して。

4人が店を出たとき、チビ犬太がやっていたお手伝いはなんだったと思います?
門から店の入り口までのアプローチに飾ってある、ランプに灯を入れていたんですよ!


さて、それから1週間と1日がすぎた昼過ぎ。
すまっちかぁさんの家に一本の電話が来ました。

「もしもし、メイです。明日の朝、まだ暗いうち、そうね、4時くらいかしら。
に、コスモス原っぱの、鳩の家側のはずれに来てください」


「え、そんなに早いイベントなの?」

「そうなんです。寝坊せずに来てくださいね。明日しかスマーフさんが飛べる日はないですよ」

「わかったわ、必ず行きます」


電話を切ると、すまっちかぁさんは急いで
うとうととお昼寝しかかっているスマーフさんを起こしに行きました。
夜眠れなくなったら、明日早起きできませんからね。

話を聞くとスマーフさんは、眠らないようにと結局その日の午後いっぱい、歌を歌って過ごしていました。




翌朝。
まだ眠っている村の真っ暗な道に
乳母車を押すすまっちかぁさんの姿がありました。

コスモス原っぱを抜ければ早いのですが
花に埋もれた道をこの暗さで進むのは危険と考え
原っぱの外側に沿うようにある道を遠回りしているのです。



だいぶ冷え込むようになり、暗がりにも時折白い息が見えますが
凍えるほどではありません。
ヒメシャラを刺繍したストールをかぶって
スマーフさんにはすずらんとスイートピーの模様の布で作ったキルトをかけて。

しばらくすると、行く手にぼんやりと白いものが見えてきました。
メイちゃんです。
白い毛皮は、こういうときに便利です。
メイちゃんの周りに、白いものがたくさん見えているのですが
ここからでは何かわかりません。
近づいてみると、それは小さな雲でした。
アキラママももちろんいます。

「おはよう!」

「おはよう!」

こんな早朝なのに、4人とも元気いっぱいのごあいさつ。

「さて、スマーフさん、もうすぐ夜が明けるわ。そしたら空を飛べるからね。
この子達とお空が手伝ってくれるのよ」


この子達と言うのは、小さな雲のことのようです。それにしても
「お空?」

「まあまあ、すぐにわかるわ」


やがて、東の空が美しく白んで、星が吸い込まれるように消え始めました。
すると、メイちゃんの周りに漂っていた雲が
スマーフさんのところにやってきて
白い毛の中にもぞもぞともぐりこむじゃありませんか。

初め膨れていた毛も、溶けるようになじんで
あっという間にいつものスマーフさんになりましたが・・・

「かぁさん、なんだかね…たぶん、私浮いてるわ」



あわててすまっちかぁさんがスマーフさんの下を覗くと
たしかに1センチほどクッションから浮き上がり
向こう側が見えるのです。

「飛ぶってこういうこと?」

これだけ、と言うかんじでスマーフさんが、メイちゃんに尋ねました。

「いえいえ、これからよ」

そうしている間にも夜はどんどん明けていきます。
すると
「え?え?え?」

太陽が顔を出し、空が青くかわるにつれ
スマーフさんの体がどんどん高く上っていくのです。

「大成功!」

そう叫んで、メイちゃんが翼を広げ、スマーフさんを追うように舞い上がりました。

「メイちゃん、これはどういうことなの?」

「今日から空が高くなるのよ!雲たちを引き連れて、上へ昇って、秋の空になる日なの。
だからスマーフさんが雲になれば、空が連れて行ってくれるのよ、上へ!!」



なんと、秋になると空が高くなるのは
本当に空が上へと移動するらしいのです。

朝日はどんどん大気に満ちて、空の青はぐんぐん高く上っていきます。

「…なんだか脚が軽いわ」

「今、スマーフさんは雲なんだもの」




今はもう、立つこともできなくなった、重たいスマーフさんの脚。
それで不幸も不便も感じたことは一度もないのですが
こう軽いとなんだかむずむずするのです。

そっと、後ろ足をけってみました。
それはそれは自由に動くのです!

朝の風が吹いてきました。
前足も動かしてみました。

体がくるりと回って
空の上でスマーフさんは立ち上がりました。
もう一度後ろ足を蹴って、前足をまげて
…次の瞬間、スマーフさんの鼻が大気を二つに分け
耳元で風がひょおっ、と鳴りました。

背中を丸め、思いっきりばねの力をためて蹴りだし
風に乗ってスマーフさんは走り出しました。

小さく鳴いていた風はごうごうと歌いだし
景色が猛スピードで流れ
なにもかもが細くまっすぐな筋になって、後ろへと飛び去ります。



横では、この一週間猛特訓したらしいメイちゃんが
力強く羽ばたいています。
正面に見える海の、水平線がぐんぐん近づいて
二匹の目がらんらんと輝きました。

「メイちゃん、走ってるわね、私たち!」

「そうね!スマーフさん!」


なんだかとても懐かしい感覚です。

ただ乾いた冷たい風が吹いているだけの、空を駆けているはずなのに。
春の眠たい空気をかき回しているような
真夏の暑く湿った風を出し抜いているような、頬に雪の当たるような。

森のにおいも、水のにおいも、町の音、鳥の声
いろんなものの中を二匹は走ります。

空気を蹴って進むたびに、足元には砂ぼこりが舞い、朝露がはじけ
前足が芝生に埋もれたと思えば
後ろ足はアスファルトを蹴っているのでした。

(ああ、昔かぁさんと夢中で走った場所を、走っているんだわ)

流れるように体がしなり、はじけるようにぴいんと伸び、
風の気まぐれでくるりと華麗にターンを決め、今度は急降下。
原っぱのコスモスの頭ぎりぎりの高さで再び正面を向き
疾走を続ける二匹。



一瞬でコスモス原っぱを駆け抜けると
花が二つに割れ、スマーフさんをとりどりの桃色の花びらが竜巻になって囲み
ともに天へと駆け上がっていきました。

その花びらも振り切ると
また二匹は朝の空を走り続けます。
白い毛に、翼に朝日が当たって輝く、そのきらめきすら
しがみついていられないほどのスピードで、走って走って。

二匹の体からこぼれた真っ白い光が
青い、秋の青い青い空高く、流れていきます。

太陽がすっかり昇り、空がいよいよ上昇をやめるころ
二匹もやっと地上に降りて来ました。
スマーフさんを支えてくれた雲たちは
高い空にとどまるためにスマーフさんの体を離れました。

かわりに、二匹が巻き上げたコスモスの花びらが
薄い、妖精の羽のようにスマーフさんを包み
ゆっくりと降りてきてくれたのでした。




また乳母車の上に横たわったスマーフさんと
まん丸に戻ったメイちゃんを
かぁさんとママはぎゅうと抱きしめました。

二匹とも、心臓は爆発しそうにどっくんどっくんと鳴っていて
口は全開で空気を求めていました。
でも、目はきらきらとして
体に不思議な力がみなぎっているのがよくわかりました。

かぁさんたちは、胸がいっぱいで何もいえません。


それからしばらくして
「鳩の家」のサンルームにすっかり穏やかな顔に戻ったスマーフさんたち4人の姿が見られました。

サンドウィッチと温かいココアの朝ごはんをいただいています。
しばらくして、犬太兄ちゃんがコーヒーを飲みに来て

「メイちゃん、すっかりかっこよく飛べるようになったね。僕も負けてらんないや」

「でしょ?がんばったんだから」

などと、メイちゃんと軽口を叩き始めました。

「当たり前じゃない、うちのメイは世界一よ」

アキラママも参戦して、急ににぎやかになったのを眺めていると

「きれいだったわね、スマーフ」

ポツリとすまっちかぁさんがつぶやきました。


「かぁさん、私ね、いつか薄いコスモス色のきれいな羽をもらうわね。
でも、やっぱりまだまだかぁさんの側にいるわ」


二人は顔を見合わせてにっこりしました。

コスモスは花盛り。



そして上等のお天気はしばらく続きそうです。



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